2006年03月18日

随想・御影高校さんぱち組 予告

のちに団塊の世代と呼ばれるかれらの、受験戦争真っ只中にあって、落ちこぼれ組、荒くれクラスと呼ばれながらも、自己を模索しつつ互いの連携を深めた昭和41年春から42年卒業までの1年間の事跡を、思い出すままに記述する、「小説。御影高校さんぱち会」のための随想録。
筆者は卒業後40年近くもその結束・団結の秘密をさぐりつつ、些細な思い出にまで注意を払う(予定)(予定は未定で決定ではない、という言葉は、英語の岡場教諭から教えてもらったような気がする)

 随想・御影高校さんぱち組 http://sanpachi.seesaa.net/
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2005年08月03日

第1章 かれらの憂鬱 4

 それから数日後の昼休みのことだった。
 天尾卓次はクラスで弁当を食べたあと、昼休みの大部分を新聞部の部室で過ごす。これは天尾に限らず岡江も糸山も同じだった。実権を二年生に譲った後も、三人とも大きな顔をして部室の窓際の一番眺めの良い場所を占領していた。

 天尾卓次がぼんやりと窓の外を眺めていると、いつものように糸山がやってきた。
「どうした、なんか元気ないやないか」
「うむ、なんか憂鬱なんよ」
 天尾は物憂げに答えた。ニヒリストを気取るのは天尾の得意技だったが、やはり春なのか、あるいは先日の伊沢らの様子に当てられたのか、その言葉には実感がこもっていた。
「まただれかに惚れたのか?」
 糸山は三年間の付き合いで天尾の性格を熟知していた。こういう態度の天尾卓次を何度見てきたことか。

 一年の終わり頃、鈴江京子という同級生に惚れて強引に新聞部に入れたこともあった。しかし天尾は好きな女の子の前では気取りすぎてぎこちなくなり、かえって態度が厳しくなる傾向がある。それが反発を買って鈴江は一カ月で退部届を出してしまった。

 まだある。二年のはじめ頃、就職クラスの日下由利子にひとめぼれして、ことあるごとに写真班の五木俊之に日下の写真を撮るように命じた。五木はこのためすっかりむくれて部室に来なくなった。概して天尾が女の子を好きになると、権力を傘にきて公私の区別がなかった。しかも大抵は天尾の一人芝居に終わり、あとで慰めるのは糸山の仕事だった。

「こんどは誰や?」
「二年のとき同じクラスやった柴田通子とね、昨日の帰りに同じバスに乗ったんよ」
 糸山は柴田通子を知らなかった。しかしクラスが四組と聞いてあっと思った。隣のクラスではないか。しかし天尾の言うような素晴らしい美人には心当たりがなかった。そう言うと、天尾はさらに詳しく解説をした。
「きみは好みが片寄っているからな。まあ美人と言っても顔立ちはどちらか言えばおとなしいほうだ。背は高い」
 好みが片寄っていると言われてむっとしたが、なんとなくあいつだなと見当がついた。確かに糸山の好みとは違っていた。
「その柴田と阪急六甲でぱったり会ってな。それまで意識したこともなかったんやが、話題が志望大学になった」

 柴田通子は天尾に、どこの大学を受けるのかと尋ねた。それに対して天尾は、自分の成績はまったく度外視して、純粋に希望だけ答えた。
「僕は(国立)神戸大学。きみは?」
 問い返された柴田は、寂しい笑いを口の端に浮かべた。
「わたし、家の事情で大学は行かないの。就職するの」
 その言葉に天尾ははっとした。二年の時、何かの折りに進学の情報交換をしたことがあった。その時柴田通子は、自分は絶対大学に行きたい、大学に行って文学勉強したい、と熱っぽく語っていたではないか。家の事情で行かないとはどういうことか。

 天尾はその時初めて思い当たったことがあった。それは二年の終わり頃、授業中に柴田が職員室に呼ばれ、そのままあわただしく帰ったことがあった。後で柴田の父親が病気で倒れた、と聞いたような気がする。それが柴田の進学断念と関係があるとしたら、どこにでもありそうな話だが、当事者の柴田にしてみれば紛れもない現実なのだ。

「俺はその瞬間に、柴田通子を好きになってしもたんや」
「同情は愛情に似たり、というやつやな」
 糸山が言うと、とたんに天尾は目をむいた。
「違うっ、同情なんかやないぞ」
「では何や」
「柴田のいじらしい言い方で、あいつの魅力に初めて気がついたんよ」
 同じことではないかと思ったが、糸山はそれ以上何も言わなかった。天尾が一旦惚れたら醒めるまでは何を言っても無駄だということを、長い付き合いでよく分かっていた。

 そこへ岡江がやって来た。妙にそわそわと落ち着かない。
「どうしたんや」
二人が尋ねると、岡江はポケットから新聞の切り抜きを大事そうに取り出した。
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2005年08月02日

第1章 かれらの憂鬱 3

 天尾は話し始めた。
「《大魔神》のリーダーの時間は月曜日。一応の予習はしていくのだが、みんなも前の方は予習しているから、どんどん進むんだ。そのうちに、俺が予習したところは通り過ぎてしまう。そういうときに限って、順番が近付いて来るんや」
「まあ、そういうもんやな」
 糸山が相槌を打つ。

「もう、そこまでに迫っていた。そして当てられると、当然読むことはできても訳せない。『うん? どうした?』と《大魔神》が近付いてきて、あとは佐伯と同じ運命をたどるわけだ」
「で、どうなった?」
「そのとき、《大魔神》が英語の言い回しか何か質問した。もちろん教科書には出ていないことなのだが、『誰か判るものはいるか?』と俺たちに尋ねたんや。俺はそのとき、ここやと思った。直感的に、イチかバチかの大バクチやと思った」
「というと、どういうことや。早く言え!」
 糸山がせかした。

「俺は『はいっ』と威勢よく手を挙げた。答えはもちろんでまかせだから、正解ではない。しかし《大魔神》に、微妙な変化が現れたんや」
「ええっ!?」
「《大魔神》は、それこそ映画の《大魔神》のように、ずしーん、ずしーん、と俺に近付いてきた。そして『うーむ、違うなあ』と言いながら、両手をぐうっと延ばして俺の肩を揉み始めたんだ。俺はとうに生きた心地がなくなっていたよ。そのときはそれですんだが、それから何人目かでとうとう俺の番が来た。俺はもうすっかり観念していた。と、どうや。あっと思うまもなく《大魔神》は、俺を通り越えて次のやつを指名したんや。助かった! と思ったね」

「自発的に質問に答えたのが、心証をよくしたんやなあ」
岡江が、冷静な分析を披露した。
「その通り! それからは、俺は予習は半分くらい、あとは予想される質問について調べれらるだけ調べた。そして、答えを知っている知っていないに関わらず、とにかく何でも真っ先に手を挙げて答えまくった。お陰で一度も殴られずに済んだというわけや」
「なるほど、ずるいやつだ」
 糸山が無遠慮に言った。天尾は目をむいた。
「なにい? あの恐ろしさを経験していないやつは、口を出すな!」
 天尾と糸山の間に険悪な空気が走り、岡江は沈黙した。

 そんなとき、三人の前を一組のふしぎな男女が通り過ぎたのだ。
 ふたりは恋人同士のように睦まじく、そのムードで他の何物をも介入させない特別のバリアを張り巡らしている。制服と襟章から同じ御影高校の生徒と判った。二人は天尾卓次ら三人が眼中にないが如く、手をつないでなにやら楽しそうに話しながら通過して行った。天尾は異次元生物の不思議な行進を見たかのように呆然としていたが、やがて頓狂な声で言った。

「なんやあいつらは! いやにべたべたしとうやないか。あんなんしてもええのんか?」
「あれは二組の伊沢と十一組の末次や」
 糸山朝美が教えてくれた。かれらは同じ高校の、しかも同じ学年なのであった。
「二組というと、理科系クラスやな」
 岡江も糸山も去年までは理科系であったので、彼らの存在は知っているようだった。糸山が言った。
「あのふたりは別格や。いわば学校も公認の間柄らしい」

「それはどういうことや」
 天尾卓次が、学校公認という言葉の意味をしつこく訊ねた。
「聞くところによると、伊沢はほんまは一学年上級らしい。成績が抜群だったけど、病気で留年したということや」
 糸山は詳しかった。

「留年したら、男女交際も学校から公認されるのか?」
 天尾は糸山の言葉の『成績抜群』という部分はとばし、最後の『留年』だけを捉えて、それこそ返事次第では留年も辞さないような顔つきだった。
「いいなあ、おれもあんな風に女の子と手をつないで歩いてみたいよ」
 天尾の言葉に、糸山も岡江も深く同感の意を示した。この御影高校にあっては伊沢と末次はあまりにもまぶしく、二人の前では受験勉強すら何やらうさん臭いまがいもののように思えるのだった。かれらの生き方こそがほんとうの高校生活ではないだろうか。恋と冒険の高校生活。
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第1章 かれらの憂鬱 2

 《大魔神》と言うのは英語の岡庭教諭のあだ名で、容貌魁偉の巨体が容赦のない体罰を加えるため、全校の生徒たちから恐れられていた。噂によると第二次大戦では戦車隊の隊長だったとも云う。そのときのエピソードで、敵弾が頭に当たり鉄兜を貫き銃弾が入ったが、その銃弾は鉄兜の内側をぐるりと回り、入ったのと同じ穴から出て九死に一生を得たため凶暴なのだというまことしやかな噂まであった。

「一年の時《大魔神》の授業を初めて受けたときは、御影に入ったことを心底後悔したよ。なんせ、一回目からあの調子やで」
 天尾卓次が、遠くを見る目付きで話し始めた。《大魔神》は現在も一、二年生の受持ちで、どうやら新入生を早く御影に馴染ませるショック療法施術者の役目らしかった。 
「初めてのリーダーの時間、あちらは当然予習はしてあるものとして授業を進めるのだが、後ろの方を当たった奴は災難や。予習はたいてい前からするから、どうしても時間が足りず、後ろは手薄になるやろ。そこで当たったのが佐伯という体のでかい奴だった」
「殴られたのか?」
 息を呑んで質問を挟む糸山朝美を、天尾はいなした。
「まああわてるな。《大魔神》が、いやその時はまだ、ちょっと元気のいい先生ぐらいにしか思っていなかったんやが、『おや、どうしたんだ?』と不思議そうな声で言うのや。当てられた佐伯が一行も訳さないのが、いかにも不思議だと云うようにね。そこでまた《大魔神》は『うん? どうしたのかな』と言って、佐伯の立っているところへゆっくりと近付いて行ったんや。ところがあの巨体だからな、ひと足歩く度にずしーん、ずしーん、と足音が響くのだよ。それはもう、まさにあの映画の《大魔神》そのままや。ずしーん、ずしーん、とね」

教室のみんなは、息を殺して見つめているわけやな」
 《大魔神》の授業を知らない糸山朝美が言うと、天尾卓次は首を横に振った。
「とんでもない。怖くて顔なんか上げられんのや。だから張り詰めた空気の教室にびんびん響く声を聞きながら、全員、顔は伏せたままなんよ」
「話には聞いていたけど、怖いなあ」
 糸山朝美が感想をもらす。
「いや、本当に怖いのはこれからなんや。『どうしたんだ、ええ?』と、猫なで声で近づいて、やがて足音がぴたっと止まる。その時はもう、《大魔神》は佐伯の席のそばに立っていたんやな。『どうした、予習してないのか?』という《大魔神》の優しそうな声につられて、佐伯は聞き取れない声で『はい』と答えた。すると『立て!』という抑揚のない岡庭の声。続いて佐伯が立ち上がる音が聞こえた。それからすぐだ」

「な、殴られたのか?」と糸山。
「ぱしーん、ぱしーん、と二発聞こえた。続いて岡庭教諭が『@◇△※*%§☆£◎□▼!』となにやら訳の分からない早口で、ヒステリックにわめきはじめたんや。それは延々と続き、その合間に平手打ちがぱしんぱしーんと、今度は間隔も短くいつまでも続くんや。ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、@◇△※*%§☆£◎□▼! ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん、ぱしん。…そして殴られる度に佐伯の巨体は左に右に何度もよろめいて、今にも倒れそうやった。そしてとうとう顔がドッジボールのように膨れ上がってなあ。それが鼻血をだらだら流しながら、体もふらふらして、すでに正体がなかったよ」

「おいおい、いくらなんでもそんな酷くはないやろうが」
 糸山が言うと、いままで黙って聞いていた岡江徹二が、おもむろに口を開いた。
「これはほんまの話や。ぼくはその《大魔神》のクラスに二年間も放り込まれていたからよく知ってる。決して大げさではない」
 岡江徹二のクラスでは、このような光景は毎日のことだったと言うのだ。岡江は人前ではおとなしいが、三人だけの時にはよく喋った。
 
 引き続き天尾が言った。
「その後、俺は絶えず《大魔神》の脅威にさらされながら、二年間を過ごしたんや」
「当然、何回か殴られただろうなあ」
と糸山が期待を隠さずに聞いた。
「いや、俺は一発も殴られていない」
「ええっ!?」
 これには岡江も驚いた。岡江は成績がよかったが、《大魔神》が担任だった頃はいつも拳骨でこづかれていたからだ。岡江は不審そうな目で天尾を見た。
「天尾がそんなに、成績優秀とは思えないが」
「まあな」
 天尾はいやな顔をした。

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第1章 かれらの憂鬱 1

「おかしいんちゃうか?」
 歩きながら天尾卓次が言った。

 土曜の午後、御影高校はうららかな春の光に包まれていた。高校の西を流れる石屋川の土手には満開の桜の花びらが音もなく地上に降り注いでいた。その桜の花びらを肩に受けながら、御影高校の三年生である天尾卓次、糸山朝美、岡江徹二の三人は、そろって今まさに帰宅の途中なのだった。

 本来なら、三人がこのように石屋川沿いを歩いて帰宅することはあまりない。岡江と天尾は家が近くであったが、糸山はずっと下の方の町に住んでいた。御影高校は校則により自転車通学を禁じていたので、かれらはバスや電車で通学していた。天尾と岡江は市バスで阪急六甲を経由して山手を青谷方面へ、糸山は石屋川から阪神電車で下町の春日野道駅まで、と方向が違うのだが、たまにこのように歩いて市電の始発駅である石屋川まで行き、市電で上筒井まで戻る中間コースを取ることもあった。
かれらはクラスこそ違ったが同じ新聞部であり、特にこの三人は一年生の頃から気が合って仲がよかった。
 
「おかしいんちゃうか?」
 歩きながら天尾が繰り返した。
「俺たちが中学三年間、何と言われて勉強してきたか覚えとうやろ。すべて高校に入るため、高校こそが最終目的のように言われてきたのと違うか? 高校に入りさえすれば、すてきな美人お茶を飲んだりお話をしたり、それこそ恋と冒険の日々が待っているかのようにたきつけて、現実はどうや? この二年間、恋と冒険どころか毎日毎日テストばっかりや。挙げ句の果てにこんな成績では神戸高校に追いつけん、もっと神戸に追いつけ追い越せやと? 自分から御影高校は神戸高校より劣ってますと、宣言しとうようなもんやないか」
 天尾は神戸ことばで一気に喋った。

 兵庫県立御影高校は神戸市東郊の東灘区にあり、昭和四十年代初頭のこの頃は二流名門校と評価されていた。
 その御影高校にあって、一年から受験のための勉強を続けてきて、いまや三年生はまさに来るべき大学受験に備え、さらに猛烈に勉強に専念するはずだった。たいていの高校がそうであったが、この当時大学入試こそが高校生のすべてであり、それ以外は一切が余事であるという風潮があった。それを裏付けるように、御影高校にあってはほとんど毎日テストが行われ、テストのない日はテストのための下調べに忙殺される日常だった。そして全学年を通じて英語のショートテストが、毎週月曜日に実施される。規定の点数を下回った者は、木曜日に再度テストを受けねばならない。だから日曜日はテストの下調べと主要科目の予習に忙殺されるのだ。この年代は、後に団塊の世代と呼ばれるように、第二次大戦後のベビーブームで特に人数が多く、したがって大学受験は極端に難関となっていたのだ。

 そうした状況にあって、この神戸一区では何と言っても神戸高校が一流名門であり、進学率は県下随一、また卒業生も文学者の田宮寅彦をはじめ数々の著名人を輩出していた。御影高校は同じく県立高校であったが、もともと県立第三高等女学校がその前身で、御影高校としては歴史も浅く、出身著名人にしたって後年日本社会党(のち社民党)の委員長になり、女性で初めての衆院議長に選出された土井たか子くらいで、この昭和四十年頃は皆無だった。そうした状況は、御影高校の教師をして神戸高校に対し敵愾心のようなものを植え付けたようだ。そして神戸高校を当面の目標に、生徒たちに猛勉強を強いる傾向にあった。生徒であるかれらにしても、神戸高校の風下に立つのは成績その他は度外視して我慢ならないことだった。なぜなら御影高校生の多くは中学の時に神戸高校を志望し、受験直前に成績による断念を経験していたからだった。そしてそれはこの三人も同じだった。

 沈痛な面もちで糸山朝美が口を開いた。
「天尾よ、お前はまだましなほうではないやろか。何故なら一年から三年の現在に至るまで、それでもずっと男女共学のクラスやったやないか。俺を見ろ。一、二年は理科系の男子クラスに入れられて、面白くもなんともない二年間やった。三年になって文科系に変更して、ようやく男女共学クラスに入れたが、そうでなかったら俺は、俺は…」
 糸山朝美が、芝居がかった口調で訴え、最後はことばにならなかった。
 すると糸山よりもさらに沈痛な面もちで、岡江徹二が言った。
「糸山はまだいい。何故なら最終学年には男女共学クラスという楽園に辿りつけたからな。しかし俺は一年から三年の現在に至るまで、ずっと男子クラスやぞ。糸山と同じく三年になって文科系に志望を変更したにもかかわらず、やっぱり男子ばかりのクラスや。せっかく男女共学の高校に入りながら、私立の男子校と変わらん。いや、男子校なら諦めもつくが、隣や向かいの教室にはちゃんと女子がいるんやぞ。こんな理不尽なことがあってもええもんやろか。しかも一、二年の担任はあの《大魔神》やから、それこそ毎日が暗黒の世界やったのやぞ」
 いまさらながら、岡江徹二の身の上が一番悲惨だった。
posted by ゴキニン at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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